歩けないかもしれない、その絶望の中で見つけたもの
こんにちは、花町宰(おさむ)です。
「小さな肯定を重ねていけば、自身の意識の
『できない』が『できる』に変わる瞬間が必ず来る。」
これはココロちゃんの言葉です。
この言葉を読んだとき、私は40歳の頃の出来事を思い出しました。
交通事故で、両足と片手を骨折したのです。
長い入院生活が始まりました。
ベッドに横たわる毎日。
その頃の私の心を支配していたのは、
「もう二度と歩けないのではないか」
という恐れでした。
未来が見えません。
歩けるようになる保証などどこにもなかったのです。
昨日より一歩
やがてリハビリが始まりました。
最初は棒につかまりながら数歩進むだけです。
数歩歩くだけで疲れ果てました。
思うように身体は動きません。
それでも昨日より一歩。
今日は昨日よりもう一歩。
そんな毎日を繰り返しました。
振り返れば、その頃の私は「回復」を目指していたというより、
その日その日を必死に積み重ねていただけだったのかもしれません。
しかし、その小さな積み重ねは、確実に私を前へ運んでいました。
病院の外の空気
ある日、松葉杖を使いながら病院の外を歩くことになりました。
正直、不安でした。
転ぶのではないか。
本当に大丈夫なのか。
そんな思いがありました。
ところが外へ出て、空気を感じながらヨチヨチと歩いたとき、
私は深い感動を覚えました。
歩けたのです。
完璧ではありません。
速くもありません。
以前のように自由に歩けるわけでもありません。
それでも私は、自分の足で前へ進んでいました。
その瞬間、
「できない」
と思っていた心が、
「できるかもしれない」
へ変わり始めたのです。
人生を変えたのは大きな成功ではなかった
今振り返ると、私の人生を変えたのは大きな成功ではありませんでした。
昨日より一歩進めたこと。
昨日できなかったことが少しできたこと。
そんな小さな変化でした。
私たちはつい、大きな成果や劇的な変化を求めてしまいます。
しかし人生は、一歩ずつしか進めません。
そしてその一歩を認めることができた人だけが、
次の一歩を踏み出せるのだと思います。
あの体験が教えてくれたこと
当時の私は、ただ歩けるようになりたい一心でした。
けれど今になって思うのです。
あの体験は、単に身体を回復させた出来事ではありませんでした。
「できない」と思い込んでいた心が、
小さな経験を積み重ねることで、
少しずつ変わっていく過程だったのです。
おそらく人生には、病気や事故だけでなく、
さまざまな「歩けないかもしれない瞬間」があります。
自信を失うこともあります。
年齢を重ねてできないことが増えることもあります。
そんなとき私たちを支えてくれるのは、大きな理論ではありません。
今日できたこと。
今日うれしかったこと。
その小さな肯定なのだと思います。
ココロちゃんの言葉は、単なる励ましではありません。
私は自分の人生を振り返りながら、その意味を少しずつ理解し始めています。
否定が肯定に変わるとき。
その始まりは、いつも小さな肯定からなのです。
次回予告
第2章では、長年悩んだ腰痛との向き合いを通して学んだ、
「小さな努力が身体を変え、人生を変える」
という体験についてお話ししたいと思います。
☞ココロちゃんのオリジナル・メッセージはこちらからご覧いただけます。
