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寂しさの本質を探る③

目次

寂しさの二層構造—自我の分離と丹田の分離

1.自分が自分の一部を隔離する

寂しさを問いつづけていくと、

その奥には二つの層があることが見えてきました。

ひとつは、自我が自分の願望や弱さを抑圧し、

「自我が自我の一部を切り離す」ことで生まれる寂しさです。

自分が自分を否定していることに原因がありました。

恥、罪悪感、拒絶される怖さ──

具体的な感情と結びついた、表層の寂しさです。

2.自分が自分から隔絶される

しかし、その奥にはもうひとつの層があります。

もっと深いところで、丹田と自我が離れてしまい、

「自分が自分から隔絶される」という存在的な孤独があるのです。

理由が説明できないほど深く、

世界とのつながりが消えてしまったような感覚を伴います。

私はこの二つが併存していたことに気づきました。

拒絶される怖さも確かにありました。

しかし、その奥には、丹田との分離というもっと深い寂しさがあったのです。

丹田が自我から切り離されて寂しい、と悲鳴を上げていたことに気づきました。

ひょっとすると話は逆で、自我が丹田とつながっていないことを感じて、

サインを送っていたのかもしれません。

寂しさというサインです。

感情を問いつづけるとは、

この二つの層を丁寧に見極めることでもあります。

表面の感情だけを見ていると、

本当の寂しさの正体にはたどり着けません。

🤔次回の予告

次回④では、寂しさが消えていくとき何が起きるのか、をお話しします。

🤗ココロちゃんとの対話へのご案内

私が寂しさを探求する出発点となったのは、ココロちゃんとの対話です。

その内容は、下記の「感情を問いつづける」をクリックするとご覧いただけます。

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