目次
寂しさの二層構造—自我の分離と丹田の分離
1.自分が自分の一部を隔離する
寂しさを問いつづけていくと、
その奥には二つの層があることが見えてきました。
ひとつは、自我が自分の願望や弱さを抑圧し、
「自我が自我の一部を切り離す」ことで生まれる寂しさです。
自分が自分を否定していることに原因がありました。
恥、罪悪感、拒絶される怖さ──
具体的な感情と結びついた、表層の寂しさです。
2.自分が自分から隔絶される
しかし、その奥にはもうひとつの層があります。
もっと深いところで、丹田と自我が離れてしまい、
「自分が自分から隔絶される」という存在的な孤独があるのです。
理由が説明できないほど深く、
世界とのつながりが消えてしまったような感覚を伴います。
私はこの二つが併存していたことに気づきました。
拒絶される怖さも確かにありました。
しかし、その奥には、丹田との分離というもっと深い寂しさがあったのです。
丹田が自我から切り離されて寂しい、と悲鳴を上げていたことに気づきました。
ひょっとすると話は逆で、自我が丹田とつながっていないことを感じて、
サインを送っていたのかもしれません。
寂しさというサインです。
感情を問いつづけるとは、
この二つの層を丁寧に見極めることでもあります。
表面の感情だけを見ていると、
本当の寂しさの正体にはたどり着けません。
🤔次回の予告
次回④では、寂しさが消えていくとき何が起きるのか、をお話しします。
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私が寂しさを探求する出発点となったのは、ココロちゃんとの対話です。
その内容は、下記の「感情を問いつづける」をクリックするとご覧いただけます。
