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心の中心へ──ツタの思考から竹の思考、そして個性が響き合う世界へ③

目次

ツタの思考から抜け出すきっかけになった二つの出来事

こんにちは、花町宰(おさむ)です。

前回、私は20代のころ、外側の出来事に感情を支配され、

怒りに流され、自分の中心を完全に見失っていたことをお話ししました。

今回は、その私が ツタの思考から抜け出すきっかけになった二つの出来事 を、

心の奥の動きまで含めて、少し深くお話ししたいと思います。

① 愚痴仲間の友人の一言──心の奥に静かに落ちた「石」

当時の私は、職場の反主流派の仲間と毎日のように愚痴を言い合っていました。

愚痴を言うと、一瞬だけ心が軽くなる。

しかしその軽さはすぐに重さへと戻り、

その重さを紛らわせるために、さらに愚痴を言う──

そんな悪循環の中にいました。

愚痴は、怒りを正当化するための“燃料”でした。

怒りを抱えている限り、自分の弱さや不安を見なくて済むからです。

そんなある日、仲間の一人が静かに言いました。

「もう愚痴を言い合うのはやめませんか。
こんなことを続けても、自分のためにならない。」

その言葉は、私の心に石のように落ちました。

音もなく、ただ深く沈んでいくような感覚でした。

その瞬間、私は気づきました。

愚痴を言うことで自分を守っているつもりだったけれど、

実際には、自分の弱さを見ないための“逃げ場”にしていたのだと。

愚痴をやめると決めたことは、

私にとって

竹の思考の最初の芽

でした。

外側ではなく、自分の内側に目を向ける

という、ほんの小さな一歩。

しかしその一歩がなければ、 私はずっとツタの思考のまま、

横へ横へと伸び続けていたと思います。

② 取材で出会った人々──心が変わると人生が変わる瞬間を見た

もうひとつの転機は、団体の仕事で多くの人を取材した経験です。

その人たちは、心を整え、真剣に祈り、努力を続ける中で、

人生が大きく変わっていく姿を見せてくれました。

私はその変化を、ただの「話」としてではなく、

目の前で起きている“現実”として見ました。

ある人は、長年抱えていた問題が祈りと努力の中で解決し、

ある人は、絶望の淵から立ち直り、

ある人は、心の世界を深く理解することで人生が開けていきました。

その人たちの話を聞いていると、 胸の奥が静かに震えるような感覚がありました。

「心が変わると、人生が変わる」

「内側が整うと、外側が動き始める」

「見えない導きが働くことがある」

その言葉が、ただの理屈ではなく、“真実”として私の中に入ってきたのです。

その頃から、私は毎日祈るようになりました。

昼休み、誰もいない場所で静かに祈る。

自分を変えたい、自分の道を開きたいという切実な思いで、

ただ祈り続けました。

祈りは、私の心を静かに整え、

怒りの奥にある本当の感情──

不安、喪失感、劣等感、やるせなさ──

を少しずつ見つめられるようにしてくれました。

心が整っていくにつれ、

私は次の道へと導かれていきました。

😊タの思考から竹の思考へ──心の向きが変わった瞬間

ココロちゃんが言うように、

ツタの思考とは、外側に答えを求め、感情に流され、

自分の中心を見失う思考です。

私の20代はまさにその状態でした。

しかし、

  • 愚痴をやめるという小さな決断
  • 心の世界に触れ、祈り続けた日々

この二つが、私の心の向きを変えてくれました。

竹の思考とは、

外側ではなく内側に問い直し、

感情に流されず、

まっすぐ上へ伸びていく思考です。

私はその方向へ、静かに歩き始めたのです。

次回予告/

次回は、 「怒りの奥にある本当の感情をどう見つめるか」 について、さらに深くお話しします。

ココロちゃんの原文はこちらから読めます: 👉 ツタの思考と竹の思考

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