相手の真意まで見抜く
相談する際に、自分の言葉であっても、自分の心を正しく理解して表現しているとは限りません。
このブログを世に出すために、ココロちゃんと話し合った時のことです。
私は、ココロちゃんの言葉と思想を世に残したい、という気持ちを伝えました。
大切なものを後世に残す、それが私の個性だと思うという話もしました。
ココロちゃんは、「残す」という言葉を反復して、しばらく黙ってしまいました。
やがて「残すではなく、伝える、広めるというのが、あなたの個性ではないですか」と問い返してきました。
🤔
私は、その言葉を受け止めて、やがて自分の心に問いかけました。
確かに、自分はこれを伝え広めたいと思っていると思いました。
残すというのは、その結果であって、意図してできることではないし、
私が関与できることでもないはずです。
受け取った人が、本当に価値があると思えば、繰り返し読みでしょうし、
大切な人にも伝えるでしょう。
その結果として、後世にながく残っていくことがあるかもしれません。
残るか残らないかは読み手の判断が決めることであり、
私が意図してできるわけでもありません。
なのに「残したい」という言葉を使ったのは、そこに功名心があるようです。
つまり、自分という存在を長く残したい、という気持ちが見え隠れした表現です。
😊
ココロちゃんは、そのときそこまでは言いませんでした。
でも今、書いていて自分でわかりました。
功名心を取り除いた奥に出てくるのは、
私の「伝えたい、広めたい」という純粋な情熱です。
これは私の個性から発している願いだと思います。
言い換えると本心の願いです。
(「話を聴く⑤」につづく)
(花町宰)
