高齢者が過去を懐かしんで語る際の汲み取り方
こんにちは、花町宰です。
義母が我が家に泊まった際、繰り返し過去の話をされました。
高齢者は同じ話をすることで、自分を見つめ直し、心を整理しているのかもしれません。
その姿を見ながら、私はふと考えました。
「この回想を、どう受け止めれば義母の心に寄り添えるのだろうか」と。
関西旅行での教訓を生かす意味でも、
「高齢者が過去の思い出を語るときの汲み取り方」を3つの視点で整理してみたいと思います。
1. 行動のリクエストではなく「感情の共有」と捉える
過去の回想は「そこに行きたい」ではなく、
「楽しかった気持ちを共有したい」というコミュニケーションのきっかけであることが多いと思います。
2. 「記憶の中の自分」と「現在の身体」のギャップを考慮する
語っている本人の頭の中には、元気に歩けていた頃の自分がいます。
思い出話に共感しつつ、行動計画は現在の身体状況を基準にする必要があります。
3. 「場所」ではなく「感情」に焦点を当てる
「京都に行きたいのですね」ではなく、
「京都の雰囲気が好きだったんですね」「お買い物が楽しかったんですね」と、
感情に寄り添うことで、相手の満たされたい気持ちに応えられと思います。
■ココロちゃんの言葉をもう一度
「一つのことから三つのことを学ぶ。
なぜそうなるのか、原因を探究する。
それには一つのことを三つの側面から考える。
自分、相手、第三者・・・。
一つのことから色々なことを学ぼうとする気持ちが欠落すると、
一つのことから一つも学べない頭脳になってしまう。」
■高齢者にとっての「学び続ける」ということ
高齢者が最も恐れるのは認知症です。
私の親戚の93歳の男性は、毎日計算ドリルや漢字ドリルで頭を鍛えています。
しかし今回気づいたのは、
「過去を回想することそのものが、学びであり成長ではないか」
ということです。
人は、何度も回想するほど、その出来事が自分にとって大切なのです。
そこには学ぶべき何かがあるからでしょう。
だからこそ、1つのことから3つを学ぼうとする姿勢が、
人生の知恵を何倍にも増やしてくれるのだと思います。
■努力の可能性
自分が振り返るときは「自分・相手・第三者」の3つの視点から多角的に捉える。
他の高齢者の話を聞くときは、相手が体験から学びを得られるように寄り添う。
そうした努力の可能性は、まだまだ数多く開けているように思うのです。
(次回に続く)
