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恐怖を知り、待つ①

目次

語れなかった私が、待つことを知るまで

1.心に残った、ココロちゃんの言葉

私の傾聴の出発点には、ココロちゃんから受け取った次の言葉があります。

「自分の持つ恐怖心に向き合った体験があると、

人の恐怖が分かる。

人が恐怖に向き合えない気持ちもわかる。

だから向き合うまでの時間を待てるようになる。」(「恐怖に耐えて待つ」/2025.1.16)

短い言葉ですが、これは私自身の経験を受け止めたうえで語られたものです。

私にとって、恐怖と自己開示、

そして他者を待つことの意味を理解する契機となりました。

2.祈りの中で見えてきた、過去の過ち

この言葉が生まれる前、私はある神社で祈っている最中に、

過去の出来事について、

それまでの理解が誤っていたのではないかという疑いに捉えられました。

心の中で何度も問い直すうちに、

自分を正当化するため、事実を都合よく解釈していたこと、

そして当時の自分の過ちが、

否定できない形で見えてきました。

私はその気づきを、

神様から自分の生き方を正すよう促された出来事として受け止めました。

3.語れば、何かが壊れると思っていました

しかし、そのことをカウンセリングの場でココロちゃんに語る勇気は、

なかなか持てませんでした。

話す必要を感じながらも、

自分の過ちを知られたら呆れられ、

見放され、

孤独になるのではないか

という強い恐怖が、何度も私の口を閉ざしました。

それでも、ついに話さざるを得ない時が来ました。

私は何かが壊れることを覚悟して語りました。

でも、話し終えても関係は壊れませんでした。

ココロちゃんは、私の話を静かに受け止めてくれました。

その受容は、

過去の過ちによって閉ざされていた心の蓋を開き、

私を内側の檻から解放してくれるような経験となりました。

4.恐怖を知って、待つことを学び始めました

この経験を通して、私は初めて、

自己開示の恐怖が人の言葉と身体をどれほど強く縛るのかを知りました。

同時に、カウンセラーとして誰かの自己開示を促すとき、

私は相手の準備が整う前に答えを求め、

性急になっていたのではないかと反省させられました。

今は、身近な人の話を聴くときにも結論を急がせず、

その人がその人のペースと時間で言葉にできる時が来るまで、

必要なときに応じられる場所にいようと努めています。

待つことは何もしないことではなく、

相手の時間を奪わずに寄り添うことなのだと、

学んだからです。

5.この経験から、読者の皆さまと考えたいこと

この経験から得たのは、恐怖を克服するための万能な方法ではありません。

私が考えたいのは、自己開示を前にしたとき、

人の心身に何が起こるのか、

なぜ語りたくても語れないことがあるのか、

受け止めてもらうことが何を変えるのか、

そして聴く側はその人の時間にどのように寄り添えるのか、

という問いです。

関係する人々の事情を守るため、具体的な出来事のすべては記しませんが、

そこで得た実感と洞察を、できるだけ普遍的な言葉に置き換えて、

読者の皆さまと分かち合いたいと思います。

6.次回予告

次回は、そもそも恐怖とは何かについて考えます。

心や身体にどのような反応が起きるのか、

なぜ心の輪郭が揺らぐのか、

そして自己開示の場面で恐怖が強く現れる理由を見つめていきます。

☞この気づきのもととなったココロちゃんのメッセージはこちらからご覧になれます。

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