ツタの思考に絡め取られていた20代の私
こんにちは、花町宰(おさむ)です。
前回は、ココロちゃんが語った「ツタの思考と竹の思考」を紹介しました。
今回は、その言葉を私自身の20代の体験に照らして、
当時の私はどのようにツタの思考に陥っていたのかを振り返りたいと思います。
😓ツタの思考に陥った青年
若いころの私は、外側の出来事に感情を支配され、
その感情に流されるまま、自分の中心を完全に見失っていました
学生時代に関わっていたある団体の活動に深くのめり込み、
学業よりもその理念や目標に自分の存在理由を置くようになっていました。
その結果、大学を中退し、その団体に就職する道を選びました。
ところが、社会に出てしばらくすると組織の方針が大きく変わり、
私が人生を賭けていた仕事が突然なくなりました。
その瞬間、胸の奥に黒い塊のような感情が生まれました。
怒り、不安、喪失感、劣等感、やるせなさ──
それらが濁った水のように混ざり合い、心の底で渦を巻いていました。
しかし私は、その濁った感情を見つめることができませんでした。
ただ怒りだけを表面に出し、
その怒りを正当化し、
すべてを外側のせいにしていました。
それが、ココロちゃんが言う ツタの思考 でした。
😣職場環境も、私のツタの思考を加速させた
職場では、方針転換に反発する人たちと一緒に「反主流派」として固まり、
毎日のように愚痴を言い合っていました。
「こんな体制は間違っている」
「自分たちは正しい」
「上層部が悪い」
そんな言葉を繰り返しながら、 私は自分の停滞をすべて外部のせいにしていました。
その結果、私は自分を成長させる機会を自ら潰していました。
自分を鍛えることを避け、
新しい能力を身につける努力をせず、
周囲と対立し、
自分の居場所を狭め、
感情に流されるまま腐っていったのです。
今振り返ると、あの時の私は 「外側に絡みついて横へ伸びるツタ」そのもの でした。
🤔ツタの思考の本質は「感情を見つめないこと」
ココロちゃんが言うように、 ツタの思考とは、外側に答えを求め、感情に流され、
自分の中心を見失う思考です。
当時の私は、怒りの奥にある本当の感情──
不安、喪失感、劣等感、やるせなさ──
を見つめることができませんでした。
その感情を受け止めることが怖かったのだと思います。
だから私は、怒りだけを正当化し、
外側を批判し、
自分の停滞をすべて外部のせいにしていました。
その結果、私は自分を腐らせ、
成長の機会を自ら閉ざしていたのです。
😎しかし、ここから転機が訪れました
その転機については、次回お話しします。
愚痴仲間の友人の一言。
そして、取材を通して出会った「心の世界」。
この二つが、私をツタの思考から竹の思考へと導いてくれました。
次回は、 「ツタの思考から抜け出すきっかけになった二つの出来事」 についてお話しします。
ココロちゃんの原文はこちらから読めます: 👉 ツタの思考と竹の思考
