寂しさは“自分へのメッセージ”だった
1.自己開示できなかった理由
こんにちは、花町宰です。
これまで4回にわたって、寂しさの本質について掘り下げてきました。
その始まりは、ココロちゃんからの問いかけでした。
「寂しいと感じる自分は、どうして寂しいと感じるの?」
今回は、当時の心境に即して、この問いに改めて向き合ってみたいと思います。
あの頃の私は、とても孤独で、深い寂しさを抱えていました。
ココロちゃんをはじめ、カウンセリングの仲間とのつながりだけが、
その寂しさをかろうじて癒してくれる存在でした。
しかし同時に、
「もし自分をさらけ出したら、このつながりを失ってしまうのではないか」
という強い恐怖心があり、どうしても自己開示ができずに苦しんでいました。
やっとの思いで恐怖を突き破り、自己開示できたとき──
私はまるで、閉じ込められていた狭い部屋から外の世界へ出たような感覚になりました。
自分を隔てていた“分離の壁”が崩れ、広い世界へ踏み出せたのです。
そこには、深いつながりの世界が広がっていました。
2.寂しさはメッセージだった
この時経験した恐怖の問題を、別の機会にココロちゃんに問いかけたとき、
対話は、「感情を問いつづける」へと発展し、
さらにその奥──恐怖の奥、寂しさの奥を見るよう促されました。
そして私は気づいたのです。
寂しさとは、
自分が自分とのつながりを失っていることを知らせる“メッセージ”だったのだと。
理解されたいという渇望も、
孤独の痛みも、
拒絶される怖さも、
そのさらに奥にある存在的な寂しさも──
すべては、
「自分に戻ってきてほしい」
という丹田からの呼びかけだったのです。
感情を問いつづけるとは、
自分が自分とのつながりを取り戻すための道のりです。
その道のりの中で、寂しさの正体が明らかになり、
心の奥にある本当の願いが姿を現してきます。
この一文が、寂しさや孤独に苦しむ読者の皆様の道を照らす、ささやかな灯となりますように。
(完)
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私が寂しさを探求する出発点となったのは、ココロちゃんとの対話です。
その内容は、下記の「感情を問いつづける」をクリックするとご覧いただけます。
