目次
大人になっても消えない寂しさ—形を変えて続く“隔絶感”
1.別の場所にいるような隔絶感
思春期に芽生えた寂しさは、
大人になれば自然に消えるものだと、私はどこかで思っていました。
しかし寂しさは、人生の節目ごとに形を変えながら、
静かに姿を現し続けました。
高校時代。
体が弱く、部活にも参加できず、
周囲が青春を謳歌する中で、私は「別の場所にいる」ような隔絶感を抱えていました。
大学時代。
文学、宗教、哲学──
心の奥に触れる言葉を求めて読み続けましたが、
その世界を共有できる友人はほとんどいませんでした。
友人はいても、心の深いところでつながれる相手はいませんでした。
社会人になってからは、
仕事の責任や人間関係の複雑さが増え、
寂しさはさらに別の形をとりました。
周囲と協力しながら働いているはずなのに、
どこかで「自分だけが世界から一歩離れている」ような感覚が消えませんでした。
2.存在そのものが揺らぐような孤独
そして40代。
人生の節目に差しかかったころ、
私はかつてないほど深い寂しさに直面しました。
それは思春期のような“理解されない痛み”ではなく、
もっと根源的な、存在そのものが揺らぐような孤独でした。
ココロちゃんは、そんな私に静かに問いかけます。
「寂しいと感じる自分は、どうして寂しいと感じるの?」
この問いは、人生の中で繰り返し現れる寂しさの“構造”を見つめるための灯りでした。
🤔次回の予告
次回③では、寂しさの正体を、心理学的なアプローチから分析し、探求していきます。
🤗ココロちゃんとの対話へのご案内
私が寂しさを探求する出発点となったのは、ココロちゃんとの対話です。
その内容は、下記の「感情を問いつづける」をクリックするとご覧いただけます。
