第3章 心の癖はどこから来るのか
見つけた癖の、その先へ
こんにちは、花町宰です。
前回、私は自分の中にある「自己判断の癖」を見つけました。
わからないことがあっても相談せず、自分で決めてしまう。
人と一緒に考えるより、一人で結論を出してしまう。
そんな傾向があることに気づいたのです。
しかし、そこで新しい疑問が生まれました。
なぜ私は、そのような癖を持つようになったのでしょうか。
単なる性格なのでしょうか。
それとも別の理由があるのでしょうか。
自分を深く掘るということは、
見つけた癖に名前を付けて終わることではありません。
その癖がどこから生まれたのかを見つめることでもあります。
性格ではなく性分
私は以前、
「自分はこういう性格だから仕方がない」
と思うことがありました。
しかし最近は、「性格」というより、「性分」という言葉のほうがしっくりきます。
性分とは、長い年月をかけて身についた、その人らしい傾向のことです。
私の場合、
自分で考える。
自分で決める。
自分で責任を負う。
そういう生き方を長い間続けてきました。
文章を書くときもそうです。
講演をするときもそうです。
一人で考え、一人で組み立て、一人で仕上げる。
そんな仕事が多くありました。
そのため私は、
「まず自分で何とかする」
という性分を身につけていったのかもしれません。
強みは弱みになることがある
興味深いことがあります。
心の癖の多くは、もともとは長所なのです。
私の自己判断の癖も、最初は長所だったのでしょう。
自分で考える力。
自分で決断する力。
自分で責任を負う力。
それらは人生を切り拓くために必要な力です。
ところが、どんな長所も行き過ぎると問題になります。
自立は大切です。
しかし自立が行き過ぎると孤立になります。
責任感は大切です。
しかし責任感が強過ぎると抱え込みになります。
決断力は大切です。
しかし決断力が強過ぎると独断になります。
私の問題も、まさにそこにあったのでしょう。
同じ景色が繰り返し現れる
自分を深く掘ると、不思議なことに気づきます。
別々の出来事だと思っていたものが、実はつながっていたのです。
スーパーで店長に叱られたこと。
家内に、
「どうして相談してくれないのですか」
と言われたこと。
仕事で一人で抱え込んで苦しくなったこと。
管理職が苦手だったこと。
どれも別々の問題に見えました。
しかし根っこでは同じだったのです。
私はずっと、
「まず自分でやる」
という性分で生きてきたのでした。
自分では違う出来事だと思っていたのに、
人生は同じテーマを何度も見せてくれていたのです。
人生は何度も教えてくれる
私は今、面白いことに気づいています。
人生は、一度でわからなければ何度でも同じ授業をしてくれるようです。
職場で。
家庭で。
友人関係で。
違う形を取りながらも、同じ課題を見せてくれます。
私は長い間、
「相談しない」
という課題を学び残していました。
だから店長を通して教えられました。
家内を通して教えられました。
そして今になって、ようやくその意味が少しわかり始めたのです。
心の癖のルーツを知る意味
ここで大切なのは、
過去のせいにすることではありません。
「あの経験が悪かった」
「親が悪かった」
という話ではないのです。
そうではなく、
「なるほど、自分はこうやって生きてきたのか」
と理解することです。
理解できると、自分を責めなくなります。
そして同時に、変わることもできるようになります。
なぜなら、自分がどこから来たのかがわかれば、
これからどこへ向かうかを選べるからです。
次回への扉
今回、私は心の癖の背景にある性分を見つめてみました。
すると、自分でも気づいていなかった人生のパターンが少し見えてきました。
しかし、本当に大切なのはここからです。
癖を見つけました。
そのルーツも見えてきました。
では、その先はどうすればよいのでしょうか。
人は本当に変わることができるのでしょうか。
そして、新しい自分はどのように育てればよいのでしょうか。
次回は、その問いについて考えてみたいと思います。
◆次回予告
第4章「新しい自分を育てる」
心の癖は見つけるだけでは人生は変わりません。
大切なのは、そのあとです。
気づきをどのように行動へ変えていくのか。
私は現在進行形で取り組んでいる実践を通して、その方法を考えてみたいと思います。
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