第3回 優越感と劣等感に揺れた三十代
はじめに
こんにちは、花町宰です。
前回、私は二十代の頃、人を「正しいか間違っているか」という正義の尺度で見ていたことを書きました。
当時の私は、自分なりに理想を追い求め、一生懸命に生きていました。
しかし三十代になると、人を見る物差しは少しずつ変化していきます。
正義という尺度がなくなったわけではありません。
けれども、それ以上に強くなっていったものがありました。
それは、
「上か下か」
という尺度です。
今振り返ると、三十代の私は優越感と劣等感の間を大きく揺れ動いていました。
そしてそのことは、人を見る目だけでなく、
自分を見る目にも大きな影響を与えていたのです。
いつの間にか人を上下で見るようになっていた
若い頃の私は、自分では理想や信念を大切にしているつもりでした。
しかし現実の社会の中に身を置くようになると、
いつの間にか別の価値観が入り込んできました。
あの人は成功している。
この人は能力がある。
あの人は社会的に評価されている。
私はそこに届いているだろうか。
そんな比較を無意識に繰り返していたのです。
人を見るときも、
「あの人は自分より上だろうか」
「それとも下だろうか」
という見方が混じるようになりました。
もちろん当時はそんなふうには表面上は思っていませんでした。
むしろ客観的に見ているつもりでした。
しかし今振り返ると、私の心のどこかには常に上下の物差しが存在していたように思います。
優越感も劣等感も同じ根から生まれていた
興味深いことに、優越感と劣等感は反対のものではありません。
今の私はそう考えています。
どちらも同じ根から生まれているからです。
その根とは、
「自分の価値を他人との比較によって測ろうとする心」
です。
自分が上だと思えば優越感になります。
自分が下だと思えば劣等感になります。
しかしどちらの場合も、
自分の価値を比較の中に求めていることには変わりありません。
三十代の私は、まさにその中で生きていました。
人よりうまくいくと少し安心します。
しかし、自分より優れた人を見ると心が揺れます。
心の平安は、常に周囲との比較によって左右されていました。
認められたい自分がいた
今振り返ると、当時の私には強い向上心がありました。
もっと成長したい。
もっと力をつけたい。
もっと世の中の役に立ちたい。
そう思っていました。
その気持ちそのものは決して悪いものではなかったと思います。
しかしその奥には、
「認められたい」
という思いも強く存在していました。
評価されたい。
有能だと思われたい。
価値のある人間だと思われたい。
その思いは、私自身が気づいていた以上に強かったのかもしれません。
そして認められたい気持ちが強ければ強いほど、人との比較から自由になれません。
なぜなら、自分の価値を自分の外側に求めることになるからです。
挫折の始まり
人生はありがたいものです。
人は思い込みのままではなかなか変わりません。
だから時に現実が、私たちの考えを揺さぶります。
三十代の終わり頃から、
私は少しずつ理想どおりに進まない現実に直面するようになりました。
努力すれば必ず報われるわけではない。
正しいと思ったことが認められるわけでもない。
能力があれば評価されるとは限らない。
能力と現実のギャップにも直面する。
そうした経験が少しずつ積み重なっていきました。
当時は苦しい出来事でした。
しかし今振り返ると、
それは私が次の段階へ進むために必要な経験だったようにも思います。
なぜなら、その経験によって、
「人を上下で見る」
という見方が少しずつ揺らぎ始めたからです。
まだ見えていなかった本当の課題
ただし、この頃の私はまだ本当の課題に気づいていませんでした。
苦しみの原因は組織にあると思っていました。
環境にあると思っていました。
成功できない状況にあると思っていました。
しかし後になって振り返ると、問題の一部は私自身の中にもありました。
私はまだ、自分の中にある優越感や承認欲求を
十分に見つめることができていなかったのです。
本当に苦しかったのは、現実そのものではなく、
現実と向き合えない自分自身だったのかもしれません。
しかしそのことに気づくのは、もう少し先のことになります。
おわりに
三十代の私は、人を上下で見る世界の中で生きていました。
そのため、人を尊敬することもありましたが、
同時に劣等感に苦しみ、優越感にもとらわれていました。
今思えば、それはまだ他人との比較の中に自分の価値を求めていた時代だったのでしょう。
しかし人生はそこで終わりませんでした。
むしろ本当の変化は、その後に始まります。
四十代になると、私は現実の厳しさの中で、
人から学ばなければ生きていけない状況に置かれるようになります。
そしてそれまで気づかなかった自分自身の姿とも向き合うことになるのです。
◆次回予告
第4回 挫折が教えてくれたこと
三十代の私は、優越感と劣等感の間で揺れ動いていました。
そして四十代になると、人生はさらに大きく動き始めます。
思い描いていた人生と現実との間には大きな隔たりがありました。
私は世間の中で苦闘し、人から学び、人に助けられながら生きることになります。
しかしその一方で、心の奥にはまだ優越感や上から目線が残っていました。
次回は、そんな四十代を振り返りながら、人生の挫折が私に何を教えてくれたのかを書いてみたいと思います。
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